ねっとりとネット

心、頭、体にねっとりとこびりついた「ねっとり」をねっとりと、ネットへくっつける。

『小畠廣志 木に呼ばれる』武蔵野市立吉祥寺美術館にて。天貫勇

さて、
森の中にポツリと立っている感覚になる。

『小畠廣志 木に呼ばれる』
20190720日~20190908
武蔵野市立吉祥寺美術館

www.musashino-culture.or.jp

「材を見て、じかに素材にフォルムを見付け、その中に自分の形体を入れていくときに、確かに木に呼ばれていく自分があることを感じます」

みどころ・展示内容

  • 小畠廣志氏の芸術を体感できる。
    メインは木彫作品。その他、ブロンズ鋳造作品・リトグラフ・初公開資料etc...40点の展示品で小畠廣志氏の仕事と向かい合える。

武蔵野市立吉祥寺美術館

コピス吉祥寺A7階、吉祥寺の賑わいの中にある美術館。

  • 館内には「浜口陽三記念室」「萩原英雄記念室」がある。両作家の版画作品・関連資料が常時展示・紹介されている。

 

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【小畠廣志 木に呼ばれる2019年07月20日(土)~2019年09月08日(日)武蔵野市立吉祥寺美術館】#小畠廣志木に呼ばれる#小畠廣志#武蔵野市立吉祥寺美術館#吉祥寺駅#コピス吉祥寺#美術館#イラストレーション#illustration#イラスト#イラストレーターhttp://www.musashino-culture.or.jp/a_museum/index.html

 

「ヘルメットを被り、薔薇の花を持っている『蝗』に呼ばれて」

 こんなにも木の彫刻に囲まれたのは初めてのだ。試しに数えてみたら、その展示室内には13体もの彫刻作品があった(多分。今回の展示の総彫刻作品数は20体弱)。そんな数の水着ギャルに囲まれてハーレムになった経験も、警察官に囲まれて取り押さえられそうになったこともない。ほとんど未経験な「囲まれる」状況は黒魔術の魔法陣に迷い込んでしまったかのようである。けれどもそれは本物の黒魔術の魔法陣のように恐ろしいものではなく(「本物の黒魔術の魔法陣」が実際のところよくわからないけど、きっと恐怖と闇に満たされているはずだ)、木材特有のからりとした生命感に満ち溢れている。

しかしながら、小畠氏の木の彫刻は全く「木材」なんかではない。ぼくが小学生の頃使っていた彫刻刀からは想像できない、足の親指の爪よりも大きな彫刻刀や鑿(のみ)で彫られた痕が残る固い木の表面や、なんだか剥き出てきたかのように彫らずにそのまま残っている木そのもの質感は、切り倒され彫られ彫刻作品になってもなおも自分が木であることの主張をやめておらず、地面に根を張って水分を吸収して、太陽に向けて思い切り葉を広げ光合成しているようだ。なので展示室にいると、森の中にポツリと立っている感覚になる。

けれどもそこには木が単に置かれているのではなく、小畠氏が木に呼ばれがるままに魂を注ぎ込んだ作品が存在する。「作品」と言うには表現が足らずちょっと失礼にも思える。その気持ちは元々の木に対してなのか、小畠氏に対してなのか、作品に対してなのはわからない(さらによくわらないけど、ぼく自身に対してかもしれない)。そこには柔らな思い出を持ったなにかが存在している。だから、ちょっと気を抜くと、後ろに誰かが立っている感じがして、めくられるトランプのカードのようにくるりと振り返る。そこには鏡の中のぼくがいる。その像は少年の姿をしている。

 

 

それではお先に(失礼します)!!